「う」だけ長音、の謎に迫る
こんにちは。日本福祉学習センター理事長補佐です。
今月もやってきました「点訳なんでやねん」。と言いたいところなんですが、なかなかすっきり「こうやねん」と言い切れるネタを見つけることができずにいます。企画倒れ…すみません。
なので今回は私が「なんでやねん」と思っている事と、調べた範囲のことをつらつら書いていこうかと思います。
いつかスッキリ解決できるといいなあ。
というわけで、なんで「う」だけ長音になるねん、について書いていきます。いっぱい書こうと思ったんですがこれだけでめちゃ長くなったので…!
点訳に携わった方はご存じだと思いますが、点字で「空気」や「講座」など「くーき」「こーざ」と伸ばして発音するときの「う」は「ー」で書きます。
「う」のときだけです。「母さん」「姉さん」「携帯」「爺さん」「大阪」等は「かあさん」「ねえさん」「けいたい」「じいさん」「おおさか」とそのまま書きます。
なんでこれ、「う」だけ伸ばすのか?
ということを考えるために現代の日本語について考えました。
文化庁のHPに現代仮名遣いについて書かれているのですが、その中に「ひらがなはこの文字を使いますよ」「ぢづをは限られた時にしか使いませんよ」「拗音に用いるやゆよはなるべく小書きにする」「促音に用いるつはなるべく小書きにする」などが定められております。
その中に「長音」という項目がありまして、ちょっと長いんですが全部引用しますね。
(1) ア列の長音
ア列の仮名に「あ」を添える。
例 おかあさん おばあさん
(2) イ列の長音
イ列の仮名に「い」を添える。
例 にいさん おじいさん
(3) ウ列の長音
ウ列の仮名に「う」を添える。
例 おさむうございます(寒) くうき(空気) ふうふ(夫婦)
うれしゅう存じます きゅうり ぼくじゅう(墨汁) ちゅうもん(注文)
(4) エ列の長音
エ列の仮名に「え」を添える。
例 ねえさん ええ(応答の語)
(5) オ列の長音
オ列の仮名に「う」を添える。
例 おとうさん とうだい(灯台)
わこうど(若人) おうむ
かおう(買) あそぼう(遊) おはよう(早)
おうぎ(扇) ほうる(放) とう(塔)
よいでしょう はっぴょう(発表)
きょう(今日) ちょうちょう(蝶*々)
これを見て、「いや、なんで「オ」列だけ「う」やねん!!!と言いたくなりません? なるでしょう?
現代仮名遣い、なんで「オ」列だけ「う」にしたんでしょうね?
一応ヒントになりそうなのが続きにありまして。
「歴史的仮名遣いでオ列のかなに「ほ」又は「を」が続くものはオ列の仮名に「お」を添えて書く、というのが載っているんですね。
おおかみ、こおりなんかがこれにあたります。元々おほかみ、こほり、と書いていたのを「お」に帰るので、元々「おとおさん」と発音していたものは「う」にしますよということ…?納得するようなしないような。
なおその後に「エ列の長音として発音されるかエイ、ケイなどのように発音されるかに関わらず、エ列の仮名に「い」を添えて書く」っていうのもありましてね…。映画とか時計とかがコレに当てはまるんですが、確かに「ええが」「とけえ」でもよかったのでは?って気がしてきます。
というか私の調べた範囲ではエ列の仮名に「え」を添えてるのって「ねえさん」「ええ」しかないんですよね…。何故この分岐が出現したんでしょうか?
ちょっと逸れました。
更に現代仮名遣いを見ていくと、凡例が載っているんですが、
「宮は元々『きゅう』と書いていましたが『きゅう』と書くことにします。読み方は『きゅー』ですよ」
「十は元々『じふ』と書いていましたが『じゅう』と書くことにします。読み方は『じゅー』ですよ」
とか書いてあるんです。
これを見ていると、「あれ?点字じゃなくて現代仮名遣いが変なのでは?」みたいな気持ちになりました。
現代仮名遣いは現代の音韻に従って書くことを原則にしているのに、「ー」じゃなくて「う」を使っている。
なんでなんでしょう…?
日本語の歴史についてもうちょっと詳しく見てみます。今の「現代仮名遣い」が公布されたのは1986年。えっ最近すぎない?
その前の「現代かなづかい」が1946年。ちなみに点字ができたのは1890年。
点字ができたのは「現代かなづかい」より50年ほど前の事なんですね。
では、点字ができた頃の日本語を調べてみましょう。その頃にに発行された小説はどのようなものがあったのか。
1915年森鴎外の「ぢいさんばあさん」という小説を青空文庫より持って来てみました。
文化六年の春が暮れて行く頃であつた。麻布龍土町(あざぶりゆうどちやう)の、今歩兵第三聯隊の兵營になつてゐる地所の南隣で、三河國奧殿の領主松平左七郎乘羨(のりのぶ)と云ふ大名の邸の中に、大工が這入つて小さい明家(あきや)を修復してゐる。
森鴎外は漢文調で有名だろう、ということでも一つ。
1911年夏目漱石「子規の書」
畫は一輪花瓶(いちりんざし)に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)した東菊(あづまぎく)で、圖柄(づがら)としては極めて單簡(たんかん)な者である。
女性文学も挙げておきましょう。
1893年樋口一葉「暁月夜」
令孃(ひめ)の美色(びしよく)、姉(あね)に妹(いもと)に數多かずおほき同胞(はらから)をこして肩(かた)ぬひ揚(あ)げの幼(をさな)だちより、いで若紫(わかむらさき)ゆく末(すゑ)はと寄(よ)する心(こヽろ)の人々ひと/″\も多(おほ)かりしが、
割とバラバラ。
この時代にはインターネットなんてものはありませんし、共通する言葉というのもなかったようなものなんですよね。
しかも前もどこかで書いた気がしますが、平安のことばを書きながら昭和のことばを話していたような時代。それに気がついて「言文一致」が謳われていたころです。
ここから歴史が進んで「現代かなづかい」が生まれるわけですが、その中で「龍」は「りゅー」と発音しているけど「りゅう」と書く、みたいなルールが生まれていくわけです。
でもルールは人が決めているわけで。
もし決める人たちが違っていたら、「龍」は「りゅー」と発音しているので「りゅー」と書く、という決まりになっていた可能性もあるのではないでしょうか。
そう考えてみると、「点字は現代日本語とは違うルールである」というよりは、「とある地点から枝分かれして別の道に来たもう一つの日本語のルール」、パラドックス日本語と言っても過言ではないのではないか。なんて考えてみたりします。
実際、言文一致運動の頃には「漢字をやめてひらがなで全部統一しよう」という運動もあったわけで、そういう人たちが行っていた「かなのくわい(会)」とうのもあったわけで。実は日本語点字を考えた石川倉次もここに所属していたことがありまして。
もし、日本語が感じもカタカナも捨ててひらがなだけで書くことになったら。
そんなifの世界を体現しているのが、点字なのかもしれない。
なんとも壮大な結論になりましたが、私はこの考えを気に入っています。
まあ「なんでエ列の伸ばす音がエイになったの?」とか「長音を使わなかったのはなんで?」みたいな別の疑問がボロボロ出てきて、スッキリ解決!という訳にはいきませんでしたが…。
随分と長く語ってしまいましたので、本日は此処までとさせていただきますね。
お付き合いいただきありがとうございました。
あー楽しかった!!こういう話大好き!!
今月もやってきました「点訳なんでやねん」。と言いたいところなんですが、なかなかすっきり「こうやねん」と言い切れるネタを見つけることができずにいます。企画倒れ…すみません。
なので今回は私が「なんでやねん」と思っている事と、調べた範囲のことをつらつら書いていこうかと思います。
いつかスッキリ解決できるといいなあ。
というわけで、なんで「う」だけ長音になるねん、について書いていきます。いっぱい書こうと思ったんですがこれだけでめちゃ長くなったので…!
点訳に携わった方はご存じだと思いますが、点字で「空気」や「講座」など「くーき」「こーざ」と伸ばして発音するときの「う」は「ー」で書きます。
「う」のときだけです。「母さん」「姉さん」「携帯」「爺さん」「大阪」等は「かあさん」「ねえさん」「けいたい」「じいさん」「おおさか」とそのまま書きます。
なんでこれ、「う」だけ伸ばすのか?
ということを考えるために現代の日本語について考えました。
文化庁のHPに現代仮名遣いについて書かれているのですが、その中に「ひらがなはこの文字を使いますよ」「ぢづをは限られた時にしか使いませんよ」「拗音に用いるやゆよはなるべく小書きにする」「促音に用いるつはなるべく小書きにする」などが定められております。
その中に「長音」という項目がありまして、ちょっと長いんですが全部引用しますね。
(1) ア列の長音
ア列の仮名に「あ」を添える。
例 おかあさん おばあさん
(2) イ列の長音
イ列の仮名に「い」を添える。
例 にいさん おじいさん
(3) ウ列の長音
ウ列の仮名に「う」を添える。
例 おさむうございます(寒) くうき(空気) ふうふ(夫婦)
うれしゅう存じます きゅうり ぼくじゅう(墨汁) ちゅうもん(注文)
(4) エ列の長音
エ列の仮名に「え」を添える。
例 ねえさん ええ(応答の語)
(5) オ列の長音
オ列の仮名に「う」を添える。
例 おとうさん とうだい(灯台)
わこうど(若人) おうむ
かおう(買) あそぼう(遊) おはよう(早)
おうぎ(扇) ほうる(放) とう(塔)
よいでしょう はっぴょう(発表)
きょう(今日) ちょうちょう(蝶*々)
これを見て、「いや、なんで「オ」列だけ「う」やねん!!!と言いたくなりません? なるでしょう?
現代仮名遣い、なんで「オ」列だけ「う」にしたんでしょうね?
一応ヒントになりそうなのが続きにありまして。
「歴史的仮名遣いでオ列のかなに「ほ」又は「を」が続くものはオ列の仮名に「お」を添えて書く、というのが載っているんですね。
おおかみ、こおりなんかがこれにあたります。元々おほかみ、こほり、と書いていたのを「お」に帰るので、元々「おとおさん」と発音していたものは「う」にしますよということ…?納得するようなしないような。
なおその後に「エ列の長音として発音されるかエイ、ケイなどのように発音されるかに関わらず、エ列の仮名に「い」を添えて書く」っていうのもありましてね…。映画とか時計とかがコレに当てはまるんですが、確かに「ええが」「とけえ」でもよかったのでは?って気がしてきます。
というか私の調べた範囲ではエ列の仮名に「え」を添えてるのって「ねえさん」「ええ」しかないんですよね…。何故この分岐が出現したんでしょうか?
ちょっと逸れました。
更に現代仮名遣いを見ていくと、凡例が載っているんですが、
「宮は元々『きゅう』と書いていましたが『きゅう』と書くことにします。読み方は『きゅー』ですよ」
「十は元々『じふ』と書いていましたが『じゅう』と書くことにします。読み方は『じゅー』ですよ」
とか書いてあるんです。
これを見ていると、「あれ?点字じゃなくて現代仮名遣いが変なのでは?」みたいな気持ちになりました。
現代仮名遣いは現代の音韻に従って書くことを原則にしているのに、「ー」じゃなくて「う」を使っている。
なんでなんでしょう…?
日本語の歴史についてもうちょっと詳しく見てみます。今の「現代仮名遣い」が公布されたのは1986年。えっ最近すぎない?
その前の「現代かなづかい」が1946年。ちなみに点字ができたのは1890年。
点字ができたのは「現代かなづかい」より50年ほど前の事なんですね。
では、点字ができた頃の日本語を調べてみましょう。その頃にに発行された小説はどのようなものがあったのか。
1915年森鴎外の「ぢいさんばあさん」という小説を青空文庫より持って来てみました。
文化六年の春が暮れて行く頃であつた。麻布龍土町(あざぶりゆうどちやう)の、今歩兵第三聯隊の兵營になつてゐる地所の南隣で、三河國奧殿の領主松平左七郎乘羨(のりのぶ)と云ふ大名の邸の中に、大工が這入つて小さい明家(あきや)を修復してゐる。
森鴎外は漢文調で有名だろう、ということでも一つ。
1911年夏目漱石「子規の書」
畫は一輪花瓶(いちりんざし)に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)した東菊(あづまぎく)で、圖柄(づがら)としては極めて單簡(たんかん)な者である。
女性文学も挙げておきましょう。
1893年樋口一葉「暁月夜」
令孃(ひめ)の美色(びしよく)、姉(あね)に妹(いもと)に數多かずおほき同胞(はらから)をこして肩(かた)ぬひ揚(あ)げの幼(をさな)だちより、いで若紫(わかむらさき)ゆく末(すゑ)はと寄(よ)する心(こヽろ)の人々ひと/″\も多(おほ)かりしが、
割とバラバラ。
この時代にはインターネットなんてものはありませんし、共通する言葉というのもなかったようなものなんですよね。
しかも前もどこかで書いた気がしますが、平安のことばを書きながら昭和のことばを話していたような時代。それに気がついて「言文一致」が謳われていたころです。
ここから歴史が進んで「現代かなづかい」が生まれるわけですが、その中で「龍」は「りゅー」と発音しているけど「りゅう」と書く、みたいなルールが生まれていくわけです。
でもルールは人が決めているわけで。
もし決める人たちが違っていたら、「龍」は「りゅー」と発音しているので「りゅー」と書く、という決まりになっていた可能性もあるのではないでしょうか。
そう考えてみると、「点字は現代日本語とは違うルールである」というよりは、「とある地点から枝分かれして別の道に来たもう一つの日本語のルール」、パラドックス日本語と言っても過言ではないのではないか。なんて考えてみたりします。
実際、言文一致運動の頃には「漢字をやめてひらがなで全部統一しよう」という運動もあったわけで、そういう人たちが行っていた「かなのくわい(会)」とうのもあったわけで。実は日本語点字を考えた石川倉次もここに所属していたことがありまして。
もし、日本語が感じもカタカナも捨ててひらがなだけで書くことになったら。
そんなifの世界を体現しているのが、点字なのかもしれない。
なんとも壮大な結論になりましたが、私はこの考えを気に入っています。
まあ「なんでエ列の伸ばす音がエイになったの?」とか「長音を使わなかったのはなんで?」みたいな別の疑問がボロボロ出てきて、スッキリ解決!という訳にはいきませんでしたが…。
随分と長く語ってしまいましたので、本日は此処までとさせていただきますね。
お付き合いいただきありがとうございました。
あー楽しかった!!こういう話大好き!!

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